貴方へ

俺らさぁ。

本当によくここまで生きてきたよ。

 

本当に。

 

生きてきた。

こんな自分で。

この自分で。

このどうしようもない自分で。

 

 

まだ、限界じゃないだろ?

 

 

もう少しだけ、生きてみるか。

 

 

 

この世で幸せになれない、ダメなヤツらへ。

 

愛をこめて。

 

 

 

 

猫背の男

 僕の住む街には、ちょっとした丘があり、丘の上にはちょっとした公園があります。
 その公園には、街の人なら大抵の人は、見たことはなくても噂には聞いたことがある、ってくらい有名な、〝猫背の男〟がいます。
 毎日、毎日、朝から晩まで、夜中にも見たという人がいますから、男は毎日毎日、一日中、その丘の上の公園にいるようです。
 いつも同じベンチに座って、何処を見ているのか分からぬ目で、町を見下ろしたり、遠く空の向こうを見ているようでもあり。 
 地元の人たちは、みんな噂します。
 
 「オカシナ人、イツモ何ヤッテルノカシラネェ」
 「毎日毎日、仕事モシナイデ一日中」
 「変ナ奴ダ。アアナッテハオ終イダナ」

 みんな、猫背の男を変人呼ばわり。
 近付こうとする人は誰もいません。
 猫背の男はいつも独りです。

 

 

 丘の上の公園、いつも同じベンチに座り。


 猫背の男は、思う。

 「画の様な無機質な街も、此の世の真理も、
  感傷する程の事ではない。
  唯、譬えば、
  皆が「美味しい」と言うものを不味いと感じたり、
  皆が「汚い」と言うものを奇麗と思ったり、
  皆が「青」と言うものが赤に見えたり。
  皆と同じ事を見ても、皆と違うように感じたり、
  皆と同じ事を聞いても、皆と違うように思ったり、
  皆と同じ事に触れても、皆と違うように理解したり。
  皆が「どうでもいい」と言う事を考え、
  皆が喋る事が如何でもよかったり。

  物事や、事物。 此の世界の総ての事象。
  一体俺は、どれだけの意味を共有できているのか。

  皆に触れると、己が違うのを知る。
  また独りを知る。
  もう、人に触れるのはやめよう。」

 

 丘の上の公園、猫背の男は独り、いつも同じベンチに座り。

 

 

 

異端

 今日はクリスマスということで、ちょっくら街に繰出してみました。
 
 街は、 奇麗に装飾されていて、幸せなファンタジーのようで、如何にも“クリスマス!” って感じで。
 レストランに、幸せそうな家族。 恋人同士。
 街中が、なんだか浮かれてて、楽しそうで、幸せそうで、なんだか僕まで幸せな気持ちになってきます。
 

 そんなクリスマスな街を歩いてると、何処からか、歌のような声が聞こえてきました。
 見ると、ギターを持った男が一人。
 ああ、クリスマスの歌でも唄っているのだな、と思い。
 誰も立ち止まってなかったけど、ちょっと足を止めてみたんです。
 

 けれど、それがどうも様子がおかしい。
 

 男は、うなだれ、感情の無い顔をしている。 と、徐に、
 スーっと顔を上げ、
 無表情だが、眼だけは微かに、怒ったような、泣いてるような表情で、
 「本当か。 本当か。
  騙されちゃいないか。 流されちゃいないか。」
 と呟き、
 「思考停止と快楽の奴隷社会」やら「世界の惨劇と闇」やら「人類の堕落と行く末」
やら、何やらお堅い歌を唄っている。
 
 空気の読めないヤツだな~・・・。
 道行く人たちは、楽しそうに笑っているのに、街は浮かれ気分なのに、
 みんな幸せそうなのに、
 だれも聴いてはいないのに、
 男は、大マジメ。
 
 そんな事言われてもこっちは「ハァ。」だよ。 唯、
 彼のやりきれなさが、 ・・・。
 


 僕はイヤぁ~な気持ちになったので、逃げるように、その場を去ったのです。

 

 

 

本質

聞き耳を立てていた訳ではないのですが、とある男女の会話を耳にしてしまいました。

 

 

 「あなたのこと、本当に好きだったの、でももう好きじゃないの・・・」

 「何故だ!?」


 「だってあなたは変わってしまったわ」

 「俺は変わってない!」

 「いーえ! 以前のあなたとは大違いよ!」

 「一体俺の何処が変わったってゆーんだ!?」

 「120万掛けて整形したその顔よ!」

 「確かに! 俺の顔はAfterだ・・・しかし!それでも俺は俺じゃないか!」

 「それだけじゃないわ! その両腕だって義手じゃない!」

 「確かに! 俺の両腕は義手だしかし! それでも俺は俺だぞ!?」

 「じゃあその両足は何よ!? 義足じゃない!!」

 「たぁーしかにしかし! それでも俺が俺であることに変わりはないじゃ
 ないか!?」

 「本当のこと言うと私知ってるのよ・・・両腕両足どころかあなたの身体全て
 義体じゃない!!」

 「ぅんぬ・・・っ、確かに、俺の身体は全て義体だがそれが何なんだっ!?
 それでも俺は俺でアイデンティティーもしっかりだ!」

 「・・・・実は其れ等はまだ許せるのよ・・・、私が許せないのはあなたの
 脳髄が義脳だってことよっ!!」

 「御尤も!いやしかし!それでも!!やはり、俺は俺なんだ・・・・」

 「・・・・あなたは、以前のあなたとは、別の心になっているのよ・・・」

 「・・・いや、しかし・・・・、それでも俺は、俺・・・・、 なのか?  ・・・」

 「・・・・」

 「そーゆー君も、実は全く俺と同じじゃないか」

 「ええ、・・・そうよ・・・・。 だからあなたが愛した私はもう居ないの。
 今の私は以前の私じゃない・・・・」

 「それでも俺は君を愛しているんだ・・・だって・・・・」

 「何故?」

 「俺は、君の魂を愛しているから」

 「・・・・」

 「・・・・」

 「キモチワルイ・・・」

 「・・・・、 ゴメン」

 

 

 

遁世兄

  僕には、引き篭もりの兄がいます。
  兄が自部屋に引き篭るようになって、もう十二年が経ちます。
  昔はよく、二人でキャッチボールをしたり、魚釣りに行ったり、面倒見のいい、と
 ても優しい兄でした。
  そんな兄が、十七歳の時、修学旅行から帰るなり、自部屋へ篭る前に僕に言った事
 を、今でもたまに思い出すんです。

 

 

  「見てしまった・・・・飛行機の中から、見てしまった・・・  雲の上に人型
  のネコがいっぱいいて、細い糸ですべてを操っていたんだ・・・。 人は誰でも
  「自分の意思で動いてる」って思ってるけど、「自分でこう考えてる」って信じ
  てるけど・・・実際はそうじゃない・・・誰も、自分の意思で動いてる人間はい
  ない・・・考えさえも自分のものぢゃナイ・・・証拠にホラ、オマエノその考え
  はオマエガ選んだものか?そう考えようとして考えているのか?好キ嫌イは?捉
  エ方は?解釈ノ癖は?感ジ方は?オマエはまだ中学生だからワカンナイかなァ・
  ・・・すべて!すべては雲の上の人型ネコたちが操ってイテ・・・ダカラ、だか
  らみんな悪くないンだ・・・・こんなにダメなオレも悪くないンだだって操られ
  テイルんだかラ人型のネコたちニ。

 

   オレはもう降りるよ・・・ こんな世界だって世界は、とんでもない茶番劇なん
  だ・・・   」

 

 

 

実況中継

 実況中継!
 私は今、小原中学校の夜の校舎前に居ます。屋上を見上げると、ひとりの少年。学生服を着た少年です。
 正に今、飛び降りようとしています!

 

  誰か、彼を助けてあげて下さい。  誰か!

 

 ・・・・残念、誰も彼に興味が無い。

 

 そして僕は売れっ子レポーター。事実を報道するのが仕事でして・・・。
 野次馬さんたちにインタビュー、

 

 「カワイソウネェ。」
 「アラヤダ、カワイソウニ。」
 「カワイソウニネェ。  ・・・では、明日も早いので・・・。」

 

 みんな「カワイソウ」だと言っております。
 けれど、嗚呼! 誰も彼に興味が無い!

 

 最早、彼を救えるのは私しかいないのですが、お腹を空かせて私の帰りを待つ猫が心配なので・・・。   サヨウナラ。

 

 

 正に今死のうとしている少年。 
 神よ、オマエは全てを見ているか?

 

 

 

 

あ。

 

 

 

走る男

 高校生の時の事です。
 その日もいつもの様に、仲のいい友人と二人で下校していました。
 すると友人は急に立ち止まり、何事かを呟き、突然、物凄い勢いで走り出してしまったのです。

 

 ・・・その友人は、未だ行方の分らない侭です。
 きっと、今も、
  走る、走る、走る、走る、哀しくわらいながら、走る、・・・ 。

 

 最期に友人が呟いた言葉を、僕は今でも忘れることができません。

 

 

 「封じ込め、何も彼も、封じ込め、
  封じ込め、偽りの中で暮らす。

 

  跳び越えて、何も彼も、跳び越えて、
  飛び越えて、誰も手の届かない処へ。

 

  誰も手の届かない処へ、
  たとえ孤独でもだ。

 

 

 

 走る、走る、走る、衝動、走る、走る、走る、遣瀬無さ、走る、走る、・・・ 。

 

 真直ぐに睨み付けるようなその眼には、彼にしか見えない、何かが映っているのだと思う。